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404. 悼辞~ふるふるさんへ~

これはふるふるさんへの悼辞である。
お亡くなりになる12日前、入院される5日前に、わずか1時間だったけれど私は彼女に会っているので、その日のことを書きたいと思う。
ふるふるさんのブログ「また会おうね!」https://ameblo.jp/flfl065/day-20171116.html でその時のことが書かれている。
私たちに気遣ったのだろう、オブラートに包んだように書かれている。もっとストレートに書いていいよ、と言ってあげれば良かったと思う。

初めての顔あわせが実現できたのは、それ以前にふるふるさんと会ってリアルの世界でも親しくされていたがみさんが忙しく仲を取り持ってくれたおかげで、彼女なしには会う事はできなかったろう。本当に心より感謝している。

10リッターの酸素量を確保するために、酸素濃縮器を2台使っていることは知っていたので相当悪いのだろうと覚悟していた。
が、実際にあった彼女は、肌艶も良くて、咳ひとつせず、良くしゃべる人だった。会話の6割くらいは彼女がしゃべっていたと思う。
声量も十分あって、声だけ聴いていたら、健康な人と変わらない感じだった。

「ベッドにずっといて、もう動くのはトイレくらい」と笑っていたけれど、それでもベットに横たわるわけでなくて、まるでティーンエイジャーがベッドに座って雑誌を読むような調子で、起き上がって座って、私たちの顔をしっかり見た瞳には目力(めぢから)があった。

彼女は自分の心臓の状態をずっと知りたいと思っていて、それもあって「入院したい」と思っていたと思う。
あるいは時々襲ってくる「死ぬかもしれない」というほどの苦しさを何度か経験するうちに、家族に救急車を呼ぶような緊急対応をさせたくない、という配慮があったのかもしれない。

ふるふるさんの直接的な急逝の原因は分からないし、実際には急逝ではなく、もうそうなる必然まで命を燃やし尽くしていたのかもしれない。
「あんなに元気だったのに」と訃報を聞いた時には思ったが、けれどよく考えてみれば、私たちに会うために、約束の日のずっと前から、賢い彼女はしっかり体調をベストの状態にまで持っていっていたのではないか。
咳もせず、張りのある声で話した1時間は、彼女自身が必死で勝ち取った奇跡の時間だったのではないだろうか。

「また会おう」と三人で手を握りあった時、その力強さに驚いた。私は自分の元気のパワーを彼女にあげたいと思ったけれど、ふるふるさんは逆に、持てうるだけの力を私たちに託してくれたのだと感じる。

私たちより親しい友達はリアルな世界にたくさんいたと思うので、こういう悼辞を書く資格はないのでは、と迷っていた。
けれども病院での最後ではなく、自宅で過ごせた最高の体調の時間を共有できた私たちは、それだけの縁(えにし)によって結ばれているのだと思うようになった。私はそのことを本当に嬉しく思うし、心から光栄に思う。本当に、ありがとう。

正直なところ、ふるふるさんの訃報には、がみさんも私も心が砕かれた。哀しいのは仕方ないから、しばらくは思いきりメソメソしていようと思う。
でも、ふるふるさんに託されたものをしっかり理解して、歩みはとめずに進んでいきたいと思う、前へ、前へ。




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コメント

No title

ゆりりんさん

すばらしい悼辞でした。
とても心にしみました。

ゆりりんさんとがみさん、
ふるふるさんに会われたのですね。
ふるふるさん、すごく嬉しかった
でしょうね。
本当に良かったですね。
なんかホッとしました。

ふるふるさん

あの日、3人で会えたのは奇跡としか思えません。ブログでお互いの事は知っている仲。最初に握手をした瞬間に何年も前からの友達のように話し始めましたね。
ふるふるさんはおしゃべり上手。ゆりりんさんがおっしゃるように、賢い彼女はあの日に合わせて体調整えていたのかもしれません。
そして、「また会おうね!」と次回がくることを疑いもせず別れました。

それなのに・・・。残念です。

ブログでふるふるさんが残してくれた繋がりや足跡。大切に、大切に受け継いでいきたいと思います。そして、何よりも生きてやるぞ!

りん、りん。ゆりりんさんのりんはアンパンマンの勇気りんりんのりんですね。一緒に前へ前へ進みましょう!

Re: ふるふるさん

み~なさん、がみさん、tatiさん

コメント、メッセージありがとうございます。
今ふるふるさんのお嬢さんから、メールを頂戴しました。お母さんの携帯のメールを確認して、交友のあった人たちに訃報をお伝えされているようでした。

入院される5日前にお宅におじゃましたこと
患者会のようなものがあり、そこを通じて知り合ったこと
お嬢さんのことをよく話されていて、とてもお嬢さんを愛しておられたこと
そんな姿を見て、娘のいない私は羨ましかったこと
をお伝えしました。

表示には「ふるふるさん」と出ますから、ふるふるさんが天国から、書いてくれて嬉しかったよ、と言ってくれているような気がしました。

はじめまして

ゆりりんさん、はじめまして。
私の父は間質性肺炎で半年前に亡くなりました。
その闘病中からゆりりんさんのブログをはじめ、ふるふるさん、がみさん、み〜なさん、みなさんのブログを読み続けさせていただいています。
このたび、ふるふるさんのご逝去を知り、呆然としております。

一読者でコメントもさせていただいたこともないのですが、
ふるふるさんの文章から溢れるお人柄…前向きさ、ユーモア、お茶目なところに惹かれ、心から応援しておりました。
必死に生きようとされていた姿が父と重なったのだと思います。
父も生きることを諦めませんでした。

だんだん自由がきかなくなるご様子は父を思い出し、とても辛かったです。
なのにふるふるさんはいつも前向きで頑張っていらして、本当に頑張っていらして…
読んでいて、もし私がご近所に住んでいれば、診察にもついていくし、家事もお手伝いしたいなんて勝手に思っていました。
でも、思うだけではダメですね。
実際にゆりりんさん、がみさんはふるふるさんにお会いされたこと、素敵なあたたかいお時間を過ごされたのですね。
ただただ、本当に良かったなぁと思います。

今はただ何の苦しみも恐怖もない世界で、ふるふるさんはご両親にも再会され、穏やかに過ごされていることと思います。
コメントを残したことも、ましてやお話したこともお会いしたこともない私ですが、ふるふるさんのご逝去を知ってからここ数日は毎日涙しています。
はたから見たらおかしいのかもしれませんが、私にとってはそれほど心の中で大きな方でした。

つらつらと気の向くままに打ってしまい申し訳ありません。
最後に父の闘病中、ゆりりんさんのブログを参考にさせていただいた事柄もありました。
今更ながらですが、その節は本当にお世話になりありがとうございました。
ゆりりんさん、どうかお元気でいらしてくださいね。
勝手ながらいつも見守っています。

Re: はじめまして

こだま様
コメントありがとうございます。
ふるふるさんのブログには承認待ちのコメントが山のように溜まっていっているのだと思い、大変切なく感じています。
ですので、私のブログにコメントを書いてふるふるさんへのメッセージとして頂けたこと、大変嬉しいです。

病気の本人はもちろんのこと、ご家族の方の哀しみも大きく、なかなか癒えることはないと思います。
お父様のこと、心よりお悔やみ申し上げます。

ふるふるさんのお嬢様は、ふるふるさんのブログの存在をまだご存知ないと思うのですが、亡くなられてからその存在を知るのは、非常に辛いことだろうと思います。
ふるふるさんの「生きていく」という強い意志が、ご家族への愛情が、言葉に満ち溢れていますので。

私はふるふるさんのことを「はるちゃん」と呼んでいる別ブログを書いています。
https://ameblo.jp/kinseymil/entry-12333622477.html
新しいブログを書いている1つの理由には、この病気のことを少しずつ入れ混ぜていって、健康な人たちの中にもこの病気のことを知っている人が増えればいいな、ということもあります。
よろしければまたお立ち寄り下さい。
はるちゃんといつも共にある、そう思いながら書いています。

こだま様も、どうぞご自分の生活の中で、楽しいことを罪悪感なく楽しいと思える毎日を送って頂きたいと思います。

ありがとうございます

ゆりりんさん、お返事ありがとうございます。

ふるふるさんのお嬢様のこと、とても心配です。
どうか彼女にお母さんのお話ができる心許せる人がいますように、お母さんのお話をしてくれる心優しい人がいますようにと願ってやみません。
父が亡くなり、父の友人や先輩、職場の方々が私たち家族と同じように悲しんでくださったり、生前の父との思い出話をしてくださったことで救われた部分がとても大きかったのです。
それは、同じようにその方の心の中にも父は存在するのだと感じられたからです。
ふるふるさんのお嬢様にも多くの人の中にお母さんが存在するんだよと知っていてほしいです。

確かにゆりりんさんの仰るようにお嬢様がふるふるさんのブログを今知るというのはお辛いと思います。
きっと読めないと思います。
私は父が最後の入院中書き残したメモの字を見るだけでも、まだ辛く、思い出さないように心の奥の方にしまっています。
父の苦しみはどんなものなのだろう?とマンションの10階まで階段を駆け上がって、自分の息が上がらせ、少し動いただけで息切れする父はその度にこんなに苦しいんだろうか?と考えたり、お風呂の中でギリギリまで息を止めて、どうしようもなく苦しくなってみては、常にこんな苦しさの中にいる父が心配でたまらなく、その苦しみを自分も体感せねばと自分を追い込んだ時期もありました。
ふるふるさんのお嬢様もお母さんの苦しむ姿を見て、たくさんたくさん胸を痛められたことだと思います。

ふるふるさんのブログは、ふるふるさんが一生懸命その生を全うされた記録だと思います。
いつか、そのうちお嬢様がふるふるさんのブログを読める日が来るといいなぁと思います。

ゆりりんさんからいただいた最後のお言葉、たぶん私自身が今誰かに言って欲しかったことでした。
読みながら、また涙してしまいました。
あー泣いてばっかりです。

またうだうだコメント残してしまいすみません。

Re: ありがとうございます

こだま様

この病気でご家族を亡くされた方は、そんな風に苦しまれるのですね。
私も両親よりは長生きして、二人をしっかり送りたいと思っています。

僭越ですが、こだまさんのお父さんは、「いつまでも悲しまなくていいよ、もう十分だよ。しっかりお前の人生を生きていきなさい」とおっしゃるのではないかと思います。
親の愛というのは本当に深くて、自分の命をつないでくれる子供のことをいつまでも案じるものだと感じています。
私の母は認知症になってしまいましたが、それでも私が「帰るね」と言うと、「気をつけてお帰り」と言ってくれます。
多分それは心の奥のほうにしっかり芯としてあるので、失われないのでしょう。

ふるふるさんの魂も、ずっと娘さんの近くにあって、彼女を見守り続けるのではないかと思います。
時たま暇な時には、私のところにも来てくれている気がするんですけどね(笑)

こだまさんのご年齢が分かりませんが、どうぞお体を大切にされ、元気で長生きしましょうね!
ふるふるさんを知っていた同病の読者は、きっと皆その思いを共有していると思います。

なんと言ったらいいやら…

アメブロで登録いただいた「はち」です。

こちらのブログを覗かせていただいたのですが、まさか、ふるふるさんが亡くなられていたとは。
ショックで言葉がありません。

僕も最近はハイサンソ2台使用で、トイレ以外はほぼベッド上での生活と、彼女と同じような状態だったので、入院されてからどうされているか気になっていたのですが…。

今はただ、ふるふるさんのご冥福をお祈りするかぎりです。
合掌

Re: なんと言ったらいいやら…

はち様
お立ち寄り、ありがとうございます。
ふるふるさんの訃報は、とても哀しくショックであったことだろうとお察しします。
「このままでは年は越せない」と主治医に言われ、入院を希望された。「入院するには治療が必要」として提案されたのが「ステロイドパルス治療」だったようです。
結局、そのまま急逝という結果になってしまいました。

はちさんが、ユーモアを忘れずに闘病されているお姿をブログで拝読し、読者登録させて頂きました。
今後も応援しています。

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プロフィール

ゆりりん

Author:ゆりりん
1962年生まれの56歳、京阪神に生息。
2014年12月末にIPFの告知を受けてから、経過と探求の日々を綴っています

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